東北大学病院 精神科

2020.10.29

災害精神医学分野の大学院生である片柳光昭 さん(みやぎ心のケアセンター・気仙沼地域センター所属)が学位論文として取りまとめた学術論文”Impact of the Great East Japan Earthquake on the Employment Status and Mental Health Conditions of Affected Coastal Communities”を国際誌International Journal of Environmental Research and Public Healthの特集号"Social Determinants of Mental Health”の公募に応募する形で投稿しておりましたところ、採択、受理されました。

論文の内容:災害がもたらす被災地域の就労状況や経済状況へ影響について、また被災者の精神的健康との関係については、これまでも関連が指摘されてきた。地域にある特徴的な産業に生じた甚大な被害は、就労者の精神的健康にも特徴的な影響をもたらすことが想定される。これらを検討することは、被災コミュニティーの精神的健康への対策を考える上で重要な課題と思われる。また、災害による被災者の睡眠状況への影響はこれまでも報告されているが、産業別の就労状況への影響と被災者の睡眠状況への影響との相関に関する情報については、これまで検討が行われていない。そこで、東日本大震災が被災コミュニティの就労状況及び経済状況に及ぼした影響の特徴を、年代別や産業別に検討し検証すること、また、東日本大震災による就労状況の変化と睡眠状況や精神的健康度との相関を検証することを目的として研究を行った。調査は、2011年10月に宮城県七ヶ浜町と東北大学の共同健康調査として実施された年次調査の一環として行われた。調査対象者は、宮城県七ヶ浜町に発災当時居住し、住居が大規模半壊以上の被災を受けた世帯の18歳以上の住民とした。研究への参加に同意した1,550人のうち、震災前の就労状況について回答したのは1,494人であった。震災前と震災後における年齢別、性別、職種別の就労状況の実態を集計した。また、対象者を(1)震災以前から就労していなかった群、(2)震災後失業した群、(3)震災後も就労を継続していた群に分類し、調査時点の6項目版ケスラー心理的苦痛尺度(K-6)、出来事インパクト評価尺度(IES-R)、アテネ不眠評価尺度(AIS)の平均点数の違いから、震災前後の就労状況の変化と精神的健康の指標との関連を検証した。震災前の就労状況を回答した対象者1,494人のうち、震災前に就労していたのは904人(60.5%)であった。震災を契機に失業した人は173人(19.1%)であった。3群のAISの平均点数の違いについて、震災後失業した群の不眠尺度が有意に高く(P < 0.01)、年齢を交絡因子として解析を行った結果、3群間のAISには有意な差を認め(P < 0.01)、年齢と就労状況との間に有意な交互作用は認められなかった(P = 0.37)。IES-Rについては、震災後失業した群の3群間に有意な差を認めたが(P < 0.01)、年齢を交絡因子として解析を行った結果、3群間のIES-Rに有意差は認められなかった(P = 0.22)。いずれの産業においても、女性は男性より失業率が高く、65歳以上の女性の失業率が顕著であった。65歳以上の女性は従業上の地位としてパート・アルバイト等の占める割合がもっとも高く、雇用形態が脆弱であることから、災害による影響を受けやすいと考えられた。また、震災後失業した群のAISは他の2群よりも有意に高く不良であることが明らかになった。失業によって、経済的な損失が発生しただけでなく、社会的役割や地位も奪われるなど、被災者の震災後の社会生活における心理社会的側面に大きな打撃となったことを背景に、睡眠状態が悪化したと考えられた。大災害が生じた場合、被災地域の就労状況及び経済状況と被災者に及ぼす精神的健康への影響と災害後の支援の取り組みについては、被害にあった地域産業の特徴、また被災者の就労状況の変化、就労者の年齢などの特性を踏まえて検討する必要が重要であると考えられた。

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